大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

津地方裁判所 昭和43年(ワ)183号 判決

原告

杉谷奈々子

ほか二名

被告

三重県

ほか一名

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら

「被告らは連帯して原告杉谷奈々子に対し、金三七一万八、〇〇〇円、同杉谷厚子、同杉谷茂に対しそれぞれ金三二一万八、〇〇〇円、及び右各金員に対する昭和四三年七月四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言。

二、被告ら

主文同旨の判決。

なお被告国において仮執行免脱の申立

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)、訴外杉谷八男蔵は、原告杉谷奈々子の夫で同杉谷厚子、同杉谷茂の父であるところ、同訴外人は昭和四三年三月二日午後一一時頃自家用普通乗用車(プリンス和五そ二六三八号)を運転して国道四二号線を尾鷲市に向つて北進中、三重県尾鷲市矢の川唐滝地先の別紙図面(一)(二)の(A)地点(以下本件事故現場という)から運転していた自動車もろとも数十メートル崖下の矢の川に転落し死亡した。

(二)1  本件事故現場附近の右国道は標高八〇〇メートルの矢の川峠を越えて尾鷲市と熊野市を結ぶ山地の道路であつて、激しい屈曲が連綿と続き、また千仭の山、谷が道路両側にせまつており、見通しも悪く、全体的に見て交通の難所であることは周知のとおりであるが、なかでも本件事故現場は、西側は、高さ二〇メートル位の山腹を削つた崖、東側は深さ数十メートルにおよぶ急斜面の谷に接しており、かつ北から南へ約一〇ないし一五度の上り勾配をもつてコの字型に曲つている未舗装の道路上である。

このように本件事故現場は地形上交通の危険を伴うおそれがある箇所であつたうえに、崖くずれのため別紙図面(一)の如く道路東側(訴外人進行方向の右側)の谷に面している部分が幅二メートル、長さ一〇メートルにわたり削りとられてその箇所だけが本来の該道路幅員よりそれだけへこんでいた。

従つて、本件事故現場においては転落事故の発生する危険が特にあつたのであるから、一般交通の用に供される公の営造物である道路の管理者としては、右危険を防止し、交通の安全を維持するために、本件事故現場には防禦柵を設けるとか或いは視線誘導標、その他の道路標識を設置して道路の形状が普通の状態と異つている事を運転者に知らしめる等の管理措置を講ずるべきである。

しかるに本件事故当時にはそのような措置は何一つとられていなかつたのであるから、これは道路の管理に瑕疵があつたものといわなければならない。

本件事故の直後に、三重県土木課は本件事故現場にガードレール、ロープ「路肩注意」の標識を設置した。このことは道路管理者自ら管理の瑕疵を認めた有力な証左である。

2  また本件事故現場附近の前示国道には、次のような道路設置上の瑕疵がある。

本件道路は道路構造令の所定区分上第三種道路であるところ、本件事故現場手前(南側)の左折屈曲部中心線の曲線半径は二〇メートルである。従つてこの屈曲部は右政令第一四条所定の特別曲線半径に従つたものとみなければならないが、同政令第一七条によると、このような場合には道路幅を内方に一・五メートル拡幅しなければならないことになつている。しかるに右屈曲部にはこの道路幅の拡幅がなされていないから、これは本件道路の設置上に瑕疵があつたというべきである。

(三)  そして訴外杉谷八男蔵は、前記のとおり、普通乗用車を運転して熊野市方面から本件事故現場へと進行してきたところ、別紙図面(一)(二)の(A)地点すなわち崖くずれによる道路欠損地点から転落したのであるから、本件事故は右の本件道路の瑕疵により発生したものである。

(四)  本件道路(国道四二号線)は、国道であるからその管理者は被告国であつて、三重県知事が国の機関としてその管理に当つているものである。しかし三重県知事の俸給、給与その他の費用は被告三重県が負担している。

よつて、被告国は国家賠償法第二条第一項により、また被告三重県は同法第三条第一項により、いずれも本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

(五)  訴外杉谷八男蔵死亡による損害は次のとおりである。

1(1) 訴外杉谷八男蔵の死亡による得べかりし利益の喪失本件事故当時亡八男蔵に三五才にして運送業を経営していた者であつて、年間金一四〇万円の収入があつたので、生活費を控除しても、少なくとも年間金九〇万円の純収益をあげていた。従つて同人は本件事故にあわなかつたならば、その年令からみて向後なお二八年にわたり運送業を営み、毎年少なくとも右同額の純収益をあげ、金二、五二〇万円の純収益をあげ得た筈である。そこで右金額からホフマン式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して本件事故当時におけるその現価を算出すると金一、五四八万円となる。

(2) 死者の慰謝料

亡訴外人は本件事故当時中年の働きざかりであつたにも拘らず本件事故により妻子三人を残し先立たなければならなかつたのであり、その精神的苦痛は甚大であるので、これを慰謝するには金一〇〇万円をもつて相当とする。

(3) 原告らは亡訴外人の妻および子として同訴外人の右(1)、(2)の被告等に対する損害賠償請求権を各三分の一宛(金五四九万三、三三三円)相続した。

2 原告らの固有の慰謝料

(1) 本件事故により、原告杉谷奈々子は、最愛の夫を失い、これから先子供二人をかかえ、将来に対する不安は限りない。そこで慰謝料としては金一〇〇万円をもつて相当とする。

(2) 原告杉谷茂、同杉谷厚子は幼くして父親を失つたのであり、その精神的苦痛は激しく、これが慰謝料としては各自金五〇万円をもつて相当とする。

3 葬式費用等その他の損害

(1) 原告らは亡杉谷八男蔵の葬式費用として金一二万二、〇〇〇円、遺体引取の費用等として金三万二、〇〇〇円を出捐し同額の損害を受けた。

(2) また右訴外人が本件事故の際運転していた自動車は大破した。その損害額は金五〇万円であるが、これは帰するところ原告らの損害である。

(3) 従つて、原告らには右の損害賠償として各自金二一万八、〇〇〇円宛の請求権がある。

(六)  よつて被告等に対し、原告杉谷奈々子は前項1の相続した損害賠償請求権の内金二五〇万円と前項2の(1)および3の合計金三七一万八、〇〇〇円、同杉谷厚子と同杉谷茂はそれぞれ前項1の相続した損害賠償請求権の内金二五〇万円と前項2の(2)および3の合計金三二一万八、〇〇〇円および右各金額に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四三年七月四日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告らの答弁

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)1  請求原因(二)の1事実中、本件事故現場附近の国道四二号線は矢の川峠を越えて尾鷲市と熊野市を結ぶ山地の道路であつて、未舗装で屈曲に富み、山、谷が両側にせまり、全体的に見た場合交通の難所であること、本件事故当時原告主張の箇所に防護、道路標識が設置されていなかつたこと、本件事故後原告主張の箇所にその主張のような防護施設や標識を設置したことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  請求原因(二)の2事実中、本件事故現場手前(南側)の左折屈曲部中心線の曲線半径が二〇メートルであることは認めるがその余の事実は否認する。

(三)  請求原因(三)の事実は、訴外杉谷八男蔵が普通乗用車を運転して熊野市方面から本件事故現場へと進行し、別紙図面(一)(A)地点から転落したとの点を除き、その余の事実はすべて否認する。

(四)  請求原因(四)の事実中、本件道路が国道であつて、三重県知事が国の機関としてこれを管理していることは認める。

(五)  請求原因(五)の各事実中、原告らと訴外杉谷八男蔵との身分関係、同訴外人が死亡したことは認めるが、その余の事実はすべて不知。

(六)1  本件道路は、三重県が地方道として昭和九年より約三か年で改修し、昭和二六年この地方が総合開発特定地域に指定され、昭和三三年九月一級国道に昇格したものである。しかしながら右道路の幅員は五、五メートル以下の箇所がほとんどを占め、自動車の対向通過不可能な箇所が多数散在し、大部分未改良、未舗装のままであつたけれども、昭和四〇年一二月四日建設省令第三、三八〇号をもつて建設省直轄工事の道路改修工事区間に指定され、本件事故当時は現場の北方約一〇〇メートルの地点まで右工事が行なわれていたが、不幸にして本件事故現場の道路は改修前の旧道のままであつた。

それ故本件事故現場の道路は、改修された新道と比較した場合にはその安全性が劣ることは否定できないが、しかし山地の道路としての通常備えるべき安全性は保有していたものであつて、その設置、管理に瑕疵があるなどと言われる道路ではない。

まず第一に、訴外杉谷八男蔵が自動車もろとも転落した箇所は、昭和四二年七月九、一〇日両日の集中豪雨によつて路側の一部が決潰したため、「公共土木施設災害復旧事業費の国庫負担法」による応急本工事として、決潰部分を高さ約四メートル、長さ約一〇・四メートルにわたり石垣で積み上げ、(昭和四三年一一月一日付準備書面に長さ約四メートル、高さ約一〇・四メートルとあるのは明らかな誤記と認める。)反対側の山裾を幅約一・七メートルないし三メートル、距離約三五メートルにわたつて削り取り、道路幅員を本来の道路と同じく約六メートルとして、従来の道路位置より約三メートルこれを山裾寄りに付替えることとなり、同年一〇月五日その工事の完成をみた箇所である。

従つて右の応急本工事の結果、転落箇所を含めて別紙図面(二)斜線部分は交通の用に供する道路部分を構成しない場所となつていたのであるから、右の石垣積部分が別紙図面(二)表示の如き形状になつていることをもつて、本件道路の幅員がこの地点において本来の道幅より二メートルもへこんでいたという原告らの主張は誤りである。

次に、本件事故現場付近の状況をみるに、本件事故現場は国鉄紀勢本線尾鷲駅から熊野市方面へ僅かに約七・四キロメートル進んだ地点であり、道路西側は約二〇メートルの高さの山になつており、東側は谷でその深さ約七・八〇メートルの崖となつているが、本件現場附近における本件道路の形状は、幅員約六メートルにして、勾配も南から北へ(訴外人の進行方向)約三度ないし五度程度の下り勾配にすぎず、また現場手前(南側)の屈曲部も道路中心線の曲線半径二〇メートルの曲線形であつて、本件事故現場自体は山地の道路としては特に難所というべき箇所ではない。従つてこのような箇所に原告ら主張の如き防護施設や標識の設置を欠いていても、そのことをもつて道路管理に瑕疵があるとはいえない道理である。

2  原告らは本件事故に設置されたガードレール等につき、これは本件事故が発生したため道路管理者自らがその管理の瑕疵を認めて事故直後に設置したものであると主張するが、右のガードレール等が設置されるに至つたのは次のとおりであつて、本件事故が発生したために管理者自らがその管理の瑕疵を認めて設置したものでは断じてない。

すなわち、右のガードレール等が設置されたのは昭和四三年四月四日であるが、同年同月六日には矢の川新道(本件現場より約一キロメートル南方)が開通する予定であり、これが開通の暁には、相当の交通量が増加することが予測され、大型バスその他の大型車輌等が一時に多数同所を通行するときは、或る程度の危険性が予想されないでもないので、かかる施設を念のため設置をしたまでのことである。

3  原告らは本件事故現場手前(南側)道路の屈曲部が道路構造令に違反していると主張するが、旧道の原形復旧工事には右政令の適用はない。

4  本件事故は、訴外杉谷八男蔵の無謀運転による事故であり、道路の瑕疵の有無とは関係ないものである。

すなわち、本件事故当夜の月令は二八、八であつたから、本件事故時の午後一一時頃は全くの闇夜であつたにもかかわらず、訴外杉谷八男蔵は無謀にも山地の道路において、黒い眼鏡をはめて、かつ無燈火で本件自動車を運転し、しかも道路交通法第一七条二項に違反して道路の右側を通行したために、遂には道路外に進出し、果ては転落するに至つたものである。もし同訴外人が自動車運転手として当然払うべき注意をもつてキープレフトの原則一つを遵守し本件道路の左側を通行していただけでも、本件事故は発生しなかつた筈である。

三、抗弁

被告らに仮に責任があるとしても、訴外杉谷八男蔵には前記のように、本件事故の発生につき重大な過失が認められるから、損害賠償額を定めるにつき過失相殺さるべきである。

四、抗弁に対する認否

否認する。

第三、証拠〔略〕

理由

一、請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで本件道路管理の瑕疵について検討する。

本件道路は、尾鷲市から本件事故現場を経て矢の川峠に至り、同所から熊野市へと通ずる道路であつて、地方の山地部に開設された未舗装道路であること。本件事故現場を南北に通ずる右道路の西側は高さ約二〇メートルの山腹となつており、東側は谷で深さ数十メートルの崖となつており、本件事故現場に至る南方手前(熊野寄り)が曲線半径二〇メートルの屈曲部となつていること。本件事故当時には本件事故現場に原告ら主張の防護施設、標識が設置されていなかつたことはいずれも当事者間に争いがない。

そして〔証拠略〕を併せ考えると、本件道路は元々車道幅四メートル、路肩幅一メートルの道路として開設されたものであるが、実際の幅員は路肩をも含めて約六メートル程あつて、別紙図面(二)のL、M点間をやゝ曲線形(東側に突き出る)に結んだ線を東側端とする位置に設置されていたものであるところ、昭和四二年七月九、一〇日両日の集中豪雨によつて本件事故現場に当る道路東側の路肩の一部が決潰したため、三重県知事は同年一〇月頃「公共土木施設災害復旧事業費の国庫負担法」による工事としてその応急本工事を施工し、右の決潰箇所を別紙図面(二)掲記の如く、長さ約一〇・三メートル南側において幅約二・五メートル、北側において幅約二メートルにわたりいわゆる逆コの字型に石垣を積み上げて補修したうえ、この補修箇所における道路幅員を従前と同じく約六メートルに維持するために、道路反対側の山裾を幅約一・七メートルないし三メートル、距離約三五メートルにわたつて削り取り、本件道路を従前の位置よりも約三メートル山腹寄りに移動させたので、訴外杉谷八男蔵が転落した地点すなわち本件事故現場を含む別紙図面(二)の斜線部分に該当する区域は、右工事以降車両の通行のためには利用されなくなり、事実上空地と化し、甲第三号証の一ないし三の写真にも明らかなように、一見してなんびとの目にも右区域はもはや車両の通行の用に供されていない場所であると識別しうる形状になつていたこと、またこの区域を除いた本件道路の勾配も事故現場手前(南方)の屈曲部を出た地点から事故現場までの約一〇メートルの区間において四・九%の下り片勾配にすぎないこと、そして本件事故現場は少なくとも手前(南方)約一六メートルの地点から容易に発見しうることが認められ、右認定に抵触する〔証拠略〕は措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで公の営造物たる道路の設置および管理について、危険防止のためにいかなる防護施設等をしなければならないかについては、およそ想像しうるあらゆる危険の発生を防止しうべきことを基準として抽象的、画一的にこれを決すべきではない。このことは、ひとくちに道路といつても、その設置されている地域によつて市街地道路、地方道路、山地道路、平地道路と区々であり、従つてまた道路としての機能や安全性に相違があることからもみやすい道理であり、一般的には、当該道路の構造、設置されている場所の地理的条件、利用状況等諸般の事情を総合考慮したうえで、具体的に通常予想されうる危険の発生を防止するに足ると認められる程度のものを必要とし、かつこれをもつて足るものというべきである。

本件についてこれをみるに、前認定説示のとおり石垣積の応急本工事がなされた部分の南側に当る別紙図面(二)の斜線部分に該当する区域は、事実上空地と化し、なんびとの目にも、これが車両の通行の用に供されていない場所であると、一見して識別しうる形状になつていたうえ、本件事故現場の約一〇メートル手前が曲線半径二〇メートルの屈曲部を形成しているとはいえ、約一六メートル手前から本件事故現場を発見しうる状況にあり、一方実際に道路面として通行の用に供せられていた部分の全幅員は約六メートルで山地の道路としては狭隘でもなく、下り勾配も四・九%にすぎないのであるから、かような箇所は山地の道路においては随所に見られるところであつて、このような道路の構造、設置場所の地理的条件からして、自動車運転者が当然払うべき通常の前方注視義務を怠らない限り、本件道路を北進する自動車が本件事故現場から転落するという危険性はまずないというべきであり、このことは、後記のように無謀な運転をした本件の訴外人以外には、本件事故現場において本件のような転落事故は発生していないこと(〔証拠略〕)からも是認されるであろう。

そうすれば、三重県知事が本件事故現場に原告主張のような防護施設並びに標識を設置していなかつたことをもつて、本件道路の管理に瑕疵があるとはいえない。

三、次に原告らは、本件事故現場手前の屈曲部が道路構造令に違反して設けられているから、本件道路の設置に瑕疵があると主張するけれども、本件道路は既設の道路であつて、前叙の応急本工事も原形復旧工事であること〔証拠略〕に徴し明らかであるから、右政令が本件道路に適用さる余地はなく、従つて右主張は理由がないものといわなければならない。

四、以上のとおり、本件道路の設置および管理には瑕疵があつたとは認められないばかりか、かえつて〔証拠略〕によれば、被告ら主張のとおり訴外杉谷八男蔵は無謀にも、偶々通りがかつた樫平卓雄の自動車に先導してもらつたとはいえ、闇夜に黒眼鏡をはめて、かつ無燈火で本件自動車を運転し、しかも道路交通法第一七条に違反して本件道路を右側通行したという重大な過失により本件事故に至つたものと認められる。

五、してみると、原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、理由がないのでいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山忠雄)

別紙図面(一)

〈省略〉

別紙図面(二)

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例